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島耕作と牛河利治の2012年問題

今年は「2012年問題」の年だ。団塊世代(1947年~49年生まれ)の最年長世代が65歳になり、リタイアする。会社や家庭での役割を終えた団塊世代が次の居場所を求めて動く。なにしろ団塊世代は、その前後の世代に対して突出して量が多いため、戦後日本社会でブルドーザーのような役割を果たしてきた。彼らの成長に従って、学校は定員を増やし、会社はポストを増やし、住宅地は郊外へと広がっていった。今度はどんな新しい風景を切り拓くのだろう。

もっとも、リタイアは入学や入社、結婚や子育てと違って、一斉の動きではない。総務省ホームページの「統計Today No.32 団塊世代をめぐる『2012年問題』は発生するか?」によれば、「仕事をしている人や探している人(男性)の割合は、60歳から67歳にかけて、9割から5割に徐々に低下」していく。最年長世代が60歳になったときから、最年少世代が67歳になるまでの間、つまり「2007年から2016年頃にわたる『団塊世代退職の10年問題』(2007~2016年問題)とでもいう方が、適当かもしれません」としている。

リタイアの時期だけでなく、リタイア後の第二の人生のあり方も多様であろう。起業してみたい、ジャズバーなどお店を開きたい、NPOで社会貢献してみたい、自治会など地域の活動をやりたい、田舎で農業をやりたいなど様々な希望がありえる。サラリーマンの男性と主婦の女性とではリタイアの意味がそもそも違うことにも注意が必要だ。女性の子育ては男性の退職よりずっと早く完了するから、夫が第二の人生を模索するとき、妻はすでに第三の人生を模索しているかもしれない。もはやブルドーザーの比喩は適切ではないだろう。パワーシャベルで一挙に土を掘り返すというより、一人一人がマイシャベルで思い思いの風景を作っていくのである。

もちろん、一つ一つのマイシャベルは小さくても、数の多い団塊世代全体に行き渡るころには、結果的に大きなうねりになる。「2012年問題」とは、団塊世代の高齢化に伴う社会変化をシンボリックに表現したものだと言えるだろう。「よい学校を出てよい会社に入ればよい家庭が持てて、幸せになれる」という考え方を私は「近代幸せモデル」と呼んでいる。経済の成長を背景に、団塊世代の多くが、それぞれなりにこのモデルに近い人生を送ることができた。しかし、会社をリタイアし、子どもたちも独立した今、このモデルはもう用をなさい。次の幸せモデルは何か。これが2012年問題の本質だ。

ここで二人の団塊世代の男性に登場してもらおう。一人は組織の矛盾に戸惑いながらも社長まで上り詰めた男。もう一人は、弁護士として高収入を得て郊外に一戸建てを買い、絵に描いたような幸せ家族を一度は実現した男だ。二人とも現実の人物ではなく、団塊世代の人気クリエイターが作りだした団塊世代のキャラクターだ。漫画家の弘兼憲史(1947年生まれ)が作った「島耕作」と、小説家の村上春樹(1949年生まれ)が作った「牛河利治」である。

島耕作シリーズは、弘兼憲史が1983年に『モーニング』(講談社)で「課長島耕作」の連載を始めて以来、今でも描き継がれている。連載開始時の1983年に島耕作は大手電器メーカーの課長で36歳だった。ということは1947年生まれの団塊世代で、作者の弘兼と同い年である。主人公は以後、現実の時間の流れと同じスピードで年をとっていく。「課長島耕作」というタイトルで始まったこのシリーズは、主人公の出世と共に「部長島耕作」「常務島耕作」「専務島耕作」とタイトルの肩書も変わっていき、現在は「社長島耕作」として連載されている。

今年2012年、島耕作は65歳になる。彼は既に役員だから「定年退職」という問題は存在しない。しかし、このままでは、あと続けるとしても「会長島耕作」「相談役島耕作」などしか残っていない。これではあまりワクワクしないではないか。これを機会に、島耕作が「会社」という居場所を捨てて、たとえば国際NGOで活躍するといった方向に話を転換させていったら面白いと思うのである。あるいは、若い起業家も含めて、会社を辞めた人たちや会社勤めではない働き方をしている人たちと一緒に何かのビジネスをするなどの展開だ。これまでの肩書は捨てて、タイトルもシンプルに「島耕作」とする。弘兼憲史ほどの凄腕の漫画家であれば、いくらでも面白い漫画ができると思う。

牛河利治は島耕作ほど有名な人物ではないだろう。村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』(1994年)と『1Q84』(2009年・2010年)に登場する中年男で、容貌の醜い、裏世界専門の私立探偵である。ちなみにこの二つの長編小説には共通点が多い。1984年の東京を舞台にしていること、人間の内面に潜む邪悪な力との戦いを基本テーマにしていること、主人公が30歳の男女でその別離と再会を軸にお話が進むことなど。『1Q84』は、地下鉄サリン事件(1995年)を踏まえて書き直した『ねじまき鳥クロニクル』ではないかと思えるほどである。

『ねじまき鳥クロニクル』から『1Q84』へ、牛河の人物設定は深みを増していき、「準主役」級の活躍をし始める。二つの長編小説のいずれにおいても、牛河は小さいころに愛された経験がなく、家庭を作ったが妻子に逃げられてしまった男という設定だ。しかしその生い立ちや成り行きの描き方はかなり違う。『ねじまき鳥クロニクル』の牛河の過去にあるのは素朴な暴力と貧しさだ。牛河は船橋の畳職人の息子として生まれ、アル中の父親が早死にしてから貧乏のドン底に落ち、高校をやっと卒業してからずっと裏街道の人生だった。結婚した後は妻に暴力をふるう夫で、二人の子供にも暴力をふるったため、妻が愛想をつかして子供を連れて出て行った、というものだ。

一方、『1Q84』の牛河の過去にあるのは、もっと屈折して洗練された苦悩である。ここでの牛河は浦和の富裕な医者の息子として生まれたことになっている。両親も兄弟姉妹も容姿端麗で学業優秀、スポーツ万能なのに、牛河だけなぜか極度に容貌が醜い。頭は良かったが成績にムラがあるし、体育はまったくダメ。家族みんなから無視されて育った牛河は、それでも25歳で司法試験に受かり、高い収入を得るようになる。見栄えのよい妻、私立学校に通う二人の娘、中央林間の一戸建て住宅、狭いながらも芝生の庭を駆け回る血統書付きの子犬。そんな生活を手に入れる。しかし、牛河はある事件をきっかけに弁護士免許を失い、妻は子供を連れて出て行ってしまった。

牛河の年齢はあまりはっきりしない。『ねじまき鳥クロニクル』では「四十代半ばから五十近く」となっていて、実は、これでは団塊世代にならない。牛河が団塊世代だとすれば、1984年においては30代後半(35~37歳)でなければならないからだ。しかし『1Q84』では「三十二歳から五十六歳までのどの年齢だと言われても、言われたとおり受け入れるしかない」としており、それなら団塊世代の資格ができる。牛河=団塊世代説の有力な根拠の一つは、彼が買ったとされる小田急線中央林間徒歩十五分の一戸建て住宅である。1980年代当時、郊外に一戸建てを買い始めた団塊世代を主役としたTBSのドラマが人気を得ていた。『金曜日の妻たちへ』(83―85年)三連作の二作目にあたる1984年放映版は中央林間が舞台という設定だったし、『金曜日には花を買って』(86―87年)は実際のロケを含めて中央林間を舞台とした。中央林間の駅はもともと小田急線の駅であったが、まさに1984年の4月に田園都市線とつながってその終点にあたる駅になった。田園都市線沿線の住宅街は、東急グループが「第二の世田谷をつくる」という考え方で開発したニュータウンだったから、山の手風のオシャレなまちというイメージを帯びていたのである。「近代幸せモデル」の最も見栄えのよい具体例と言ってよいかもしれない。

『1Q84』の牛河は最後、惨殺されてしまう。一番最後のシーンを引用しよう。「その瞳が生きている最後の瞬間に見ていたのは、中央林間の建て売りの一軒家であり、その小さな芝生の庭を元気にかけまわる小型犬の姿だった。そして彼の魂の一部はこれから空気さなぎに変わろうとしていた。」ここで出てくる「空気さなぎ」は、一言では説明しにくい比喩だが、ある種の「再生」のイメージが込められているだろう。我田引水すれば、近代幸せモデルの終わりと、新たな幸せモデルの誕生である。団塊世代の牛河利治を主役にした新しい小説を読みたい。村上春樹ほどの凄腕の小説家なら、それこそ新境地を拓く作品になると思うのだがどうだろう。
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