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「場」の幸福論

WHOの健康の定義では、健康とは、「身体的」「心的」「社会的」という三つの次元の幸福(well-being)であるとされており、近年、これに「スピリチャル」という四つめの次元が追加が検討されていることを以前に紹介した。三つめと四つめの次元は、健康や幸福が自己の心身だけでは完結しないことを示唆する。それは「場」の世界観に立つと理解しやすくなると思う。

私たちは普段、「場」の存在をあまり意識しない。たとえば感情は、言葉や表情、しぐさなどのシンボルよって伝わるものだとされる。好きだとか嫌いだとかいう感情は、あくまで「私」の中に 生まれた「好き(嫌い)」という感情だ。相手は私が外に表したシンボルを解釈するに過ぎない。相手の感情を私が受け止めるのも同様である。

ところが、感情の伝達にはもう一つの見方がなりたつ。不思議なことに、初対面であっても、こちらが何となく好感をもつとき、たいていの場合は相手 も好感をもっているし、こちらが何となく虫がつかないと思うときは、相手も同じように思っている場合が多い。このように考えると、互いの好き嫌い は、私と相手とのあいだで、つまり私と相手を含む「場」においてまず発生するものであるという見方ができる。私と相手との間に「いい感じ」があるとき、好きになるの だし、「いやな感じ」があるから嫌いになるのである。

日本語には「間(ま)をとる」「間(ま)が悪い」「場を心得ている」「場違い」「居場所がある(ない)」など、場の存在感を言い表すうまい言葉が 多い。私と相手は、「場」において連続的につながっている。私から感情が発生するのではなく、場で発生した感情が私の中に流れ込んでくるとも言えるだろう。

物理学では「場」はずいぶん前から活躍している。電磁場、重力場の方程式が、実際の現象を説明したり予言したりしているのである。ニュートンの重力理論では、地球とリンゴは互いに感応しあうかのように引き合っている。しかし「場」の考え方では、力は時空の歪みに沿って連続的に伝わっていく。力の源泉は物体の中にあるのではなく、「場」にあるのだ。

生命科学においても、「場」に注目している人がいる。たとえば、ホリスティック医療の第一人者の帯津良一先生は、重力や電磁力の生まれる「場」が あるように、生命力の源泉となる「場」があるのではないかと言う。それを重力場や電磁場にならって「生命場」と呼んでいる。

帯津先生は外科医として出発したのだが、体を開いてみると、臓器と臓器の間に何も ない隙間がたくさんある。この「間」は何だろうと考えてきたことが一つのヒントになったようだ。西洋医学で考えれば、人間は臓器という部品で組み たてられた一個の精巧な機械のようなものだ。しかし生命力はそれだけでは説明できない。むしろ臓器と臓器の「あいだ」に秘密があるのでは ないか。

下の図は、帯津先生の「生命場」を簡単に図式化したものである。「身体」はそれ自身が「場」であるとともに、家族、地域、国家など「社会」というより大きな「場」に包まれる。「社会」は「地球・宇宙」というさらに大きな「場」に包まれる。この宇宙をすら包む「場」を「虚空」 と呼ぶ。生命力は、これらの「場」から湧いてくる。「場」を良くすることが生命力・自然治癒力を高める、健康にする。

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幸福論と関係の深い心理学でも「場」の見方はある。マズローの「至高経験」やチクセントミハイの「フロー体験」はその一例と言えるだろう。美的体験や宗教的体験、創造的体験などに共通する大きな特徴の一つが、自己と他者、自己と世界の一体感だ。これが一種の深い幸福感情であることは言うまでもな い。

生命科学や心理学の分野での「場」のサイエンスの歴史はまだ浅い。これから特に力を注ぐべき研究領域だと思うのである。

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