FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヤスパース先生の「本当の世界史」

母親が歴史好きだったので、私も妹も小さい頃から歴史が好きだった。ところが私の子供も妹の子供もあまり歴史が好きではない。なぜだろうと話し合っているうちに、実は学校で教わる歴史は私たちも必ずしも好きではなかったこと、とくに世界史はわかりにくかったという結論に至った。

学校の世界史の教科書は、四大文明、古代ギリシア・ローマ、ルネサンス、宗教改革、産業革命などの合間に、イスラムや中国の話がはさまっ てくる。何だかいろんな話が出てくるのだが、一貫した流れが見えない。世界史というよりも世界各地域の歴史なのだ。それも西洋とキリスト教に偏った・・・。

世界史の枢軸時代

そこへゆくと、ドイツの哲学者ヤスパースが書いた『世界史の起源と目標』(1949年)は、本当の「世界史」という感じがする。ヤスパース先生なら白熱教室流の新鮮な世界史を講義してくれたのではないだろうか。分厚い本だが、ここで提案されている世界史の図式はきわめてシンプルだ。

1.火と道具の使用(はっきりしないが数百万年前)
2.枢軸時代(紀元前500年頃)
3.科学技術革命(17〜18世紀)
4.第二の枢軸時代(未来)

ヤスパース世界史の中ではルネサンスも宗教改革も世界史的事件ではない。実に痛快爽快なシンプルさである。しかも、1はどちらかといえば考古学の領域、4は未来学の領域であろうから、世界史として学ぶべき真の事件は2と3だけということになる。

「枢軸時代」はヤスパース独自の用語である。紀元前500年頃、800年から200年の間に、驚くべき精神的革命が世界各地で集中的に起こった。西洋人が精神的革命の起源を考えるとキリスト教の誕生になる。しかしそれは西洋人以外の民族にとってそれは実はローカルな出来事だ。キリスト教は世界史的に見ればユダヤ教の一分派に過ぎない。紀元前500年頃の以下の精神的革命こそ世界史の軸なのである。

中国では孔子、老子が生まれ、墨子、荘子、列子など中国哲学のあらゆる方向が発生した。インドではウパニシャッドが発生し、ブッダが生まれ、懐疑論、唯物論、詭弁術から虚無主義に至るまで、やはり哲学のあらゆる可能性が展開された。イランではゾロアスター教が現れた。パレスチナでは、エリア、イザヤ、エレミアをへて第二イザヤに至る旧約聖書の予言者たちが出現した。ギリシアでは、詩人ホメロスや哲学者たち(パルメニデス、ヘラクレイトス、プラトンなど)、さらに悲劇詩人たち、歴史家ツキディデス、自然科学者アルキメデスなどが現れた。

20140629n.jpg

世界史の勉強では普通、四大文明を文明の発祥とする。しかし古代文明の象徴とされるピラミッドなどの巨大建造物は、現代に生きる私たちから見ると、決して親しみやすい存在でも理解しやすい存在でもない。当時のファラオの人生観や喜怒哀楽を想像するのは難しいだろう。

これに対して、枢軸時代の思想は、現代の私たちまでずっと地続きだと感じることができる。どういう時代のどんな民族の人が見ても理解できる普遍性がある。実際、ブッダと孔子とプラトンは互いに理解しあえただろう。ヤスパースの言葉を借りればこの枢軸時代に「われわれが今日に至るまで、そのような人間として生きてきたところのその人間が発生したのである」。

さて、ヤスパースの世界史で次の節目になるのが、科学技術革命だ。科学技術は17世紀のヨーロッパに始まり、現代に至るまで長足の進歩をとげている。ヤスパースによれば、これに類似しているのは、「火と道具の使用」が始まった時代だという。

火と道具の使用がいつ頃どのように始まったかはあまりはっきりしない。人間の生活を動物的なものから決定的に区別し、人間生活の基礎をすえた発見の時代は数百万年前とも言われている。それからはるかに遅れて枢軸時代がやってきたように、第二の枢軸時代がやってくるとすれば、ずっと未来だろうというわけだ。

グレート・コンバージェンスの時代は来るか

以上がヤスパース世界史の骨子だが、いま生きていたら、世界の生活水準の格差という問題に関心を持ったのではないかと思う。『世界史の起源と目標』でも、科学技術革命以降のヨーロッパとその他地域の格差に注目している。

枢軸時代の精神革命を経験した民族はその後、だいたい同程度の発展をとげてきた。むしろヨーロッパより中国の方が発展度の高い時代もあった。ジョゼフ・ニーダムの中国科学史研究で有名になった話だが、羅針盤、火薬、紙、印刷などの重要な技術革新はまず中国で起きた。ヤスパースは、もし紀元700年ごろに宇宙人が地球に来たら、中国の首都・長安に「地上の精神生活の最高の場所」を発見したであろうと言っている。いずれにせよ、15世紀ごろまでの中国、インド、ヨーロッパの全体的な生活水準はほぼ同程度であった。17世紀の科学革命・18世紀の産業革命によって、ヨーロッパの物質文明の優位は決定的になるのである。

世界の生活水準格差の問題にヤスパースがあまり深入りしなかったのは、執筆当時(1949年ごろ)には、社会主義国の可能性がまだナイーブに信じられていたからであろう。貧富の格差を是正する政治体制の実験にリアリティがあった時代だった。ヤスパースは社会主義について多くの紙面をさいている。残念ながらこの部分は今読むと色あせて見えてしまう。現代では、イデオロギーや政治体制の垣根がなくなり、世界がフラットになることにより、生活水準の格差という問題がむきだしになってきたのである。

18世紀以降の格差拡大は経済史を定量的に分析する経済学者たちの間では「大分岐great divergence)と呼ばれている。「世界のもっとも豊かな国々ともっとも貧しい国々のあいだの、物質的生活水準の格差は、1800年には最大でも4対1程度だったと考えられるのに対し、現在では50対1以上に広がっている。・・・産業革命以降、所得格差は、国の内部では縮小するいっぽう、各国間では拡大してきたのである。」(グレゴリー・クラーク『10万年の世界経済史』)

問題は、この格差が将来的に解消するのかどうかだ。この分野を研究するグレゴリー・クラークやオデット・ガロールなどの経済学者は、少なくとも近い将来での格差解消には懐疑的のようだ。一方、最近の新興国の成長から見て、格差は縮小する方向に向かっているという見方もある。たとえばマッキンゼーのレポートは2025年には世界の半数が中間階級的な消費者になると予測している。

大分岐から大収斂(great convergence)の時代へ向かうのか。「私は、人類とは唯一の起源とひとつの目標を有するものである、との根本的信仰に支えられているのである」と書いたヤスパースには見過ごせない大問題になったに違いない。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。