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世界三大幸福論

イギリスの哲学者ラッセル、フランスの哲学者アラン、スイスの法学者・哲学者ヒルティの書いた「幸福論」は「世界三大幸福論」などと言われる。

三大幸福論縁起

「世界三大」というくくり方は、いつごろ誰がしたのであろうか。実はこれが判然としない。Wikipediaは、NHK・Eテレの番組でアナウンサーがそういう紹介の仕方をしていたということから、「かなり一般化されていると言える」と結論付けている。Yahoo知恵袋では「誰が言い出したのかはわかりませんが、おそらく日本人だと思います」がベストアンサーになっていた。

私の推測は、もともとは販売促進の都合ではなかったかというものだ。あるとき、紀伊国屋や丸善などの大型書店、またはいずれかの幸福論の翻訳を出した出版社が、三冊をセットで販促するために言い始めたのではないか。本は、関連書籍コーナーを作って似たような本を並べておくと、実際よく売れる。出版社の側も、これは有り難いことだ。ヒット作にあやかり並べて置いてもらうという魂胆から似たようなタイトルを考えるのはごく普通のお作法だ。

そして、販促セットとしての三代幸福論を思いついたのは、日本の業者ではないかと思う。日本は翻訳大国だ。とくにヨーロッパ系の名著の翻訳には歴史もあるし良い訳が多い。たとえば英語圏の国ではラッセルの幸福論はそのまま出せばよいが、アランとヒルティは翻訳本ですこし次元の違う本になってしまう。日本では、フランス語、英語、ドイツ語はいずれもおなじみのヨーロッパ語の好著としてフラットに並べて違和感がない。外国語の良訳が簡単に手に入ること自体が日本特有のことかもしれない。

ではいったい、いつから言われだしたのだろう。1962年~1964年の筑摩書房「世界人生論全集・全16巻」は、その気配は一切ない。もっとも、この企画は時代別・国別に編集されているから、世界三大というような発想が入り込む余地はもともとない。アランの幸福論はジッド、ヴァレリーなどフランスのほぼ同時代の作家、哲学者の作品がおさめられた11巻に入っている。ヒルティはもうひとつの代表作『眠られぬ夜のために』の抄訳がやはりドイツ語圏の同時代人の作品とあわせて12巻に。ラッセルにいたってそもそも人選からもれている。

角川書店が1967年~68年にシリーズ刊行した「世界の人生論・全12巻」の第7巻は「幸福論」をテーマにまさに三大幸福論を収録している。では仕掛け人は角川書店だったのだろうか。しかし訳者による解説には、「世界三大」を思わせる言葉使いは一切ない。なぜこの三冊なのかという説明は抜きに、三冊がどういう本であるかという説明が始まっているのである。このとき出版社の側には「世界三大」と打ち出したい意図があったのかもしれない。しかし訳者はまじめな学者だから、そういう出自のあやしい説にはふれたくない。出版社の編集者と翻訳者とのそんなつばせりあいを想像してしまう。あるいは、角川書店よりも前にも、前例があったかもしれない。もしかすると戦前までさかのぼるかもしれない。

文明病としての不幸

このように真相は判然としないのだが、いずれにせよ三大幸福論は、販促セットの性格が強く、思想内容の関連性は乏しい。しかし社会学的な背景では大いに関連性がある。三人の生没年と発表時期は次の通り。
カール・ヒルティ(1833~1909)「幸福論」全三巻 1891~1899
アラン(1868-1951)「幸福論」1925年
バートランド・ラッセル(1872-1970)「幸福論」1930年
ヨーロッパでは第一次世界大戦の文化的・世相的な影響は甚大だと言われる。年長のヒルティはこの衝撃を知らないまま生き、幸福論を発表した。アランとラッセルはその戦争を体験し、戦後に幸福論を発表している。しかし第一次大戦の衝撃というのは日本人には実はわかりにくい。ヒルティとアラン、ラッセルの間には文化的な断層があるはずで、そう思って見れば見れないこともないが、少なくとも私にはそのニュアンスはわかりかねる。

それよりも、19~20世紀初頭のヨーロッパの知識人という共通性のほうが目をひく。この時代のヨーロッパは、産業革命の成果が庶民レベルにまで浸透しはじめた時代だ。共産主義の思想も強かったが、結局、物質的豊かさを達成した西ヨーロッパでは共産主義革命は成功しなかった。ところが、物質的に豊かになっても心は必ずしも満たされない。古い宗教思想は廃れてしまったし、代わって台頭したスピリチュアリズムにはいかがわしさがつきまとう。こうして現代的な幸福論の課題がヨーロッパに現れる。ちなみに20世紀初頭はイギリスからアメリカへ覇権が移っていった時代でもある。1930年に発表されたラッセルの「幸福論」はイギリスの読者はもとより、同じ英語圏のアメリカの読者を強く意識している。冒頭からニューヨークの雑踏やアメリカの富豪が登場する。彼らがこれほど豊かになりながら幸福そうに見えないのはなぜか。

ラッセルは非常にはっきりと、「私は極端な外的不幸のない人たちにのみ注意を向けることにしたい。食と住を確保できるだけの収入と、日常の身体活動ができるほどの健康を持ち合わせているものと考えておく」と言う。相手は「文明国の大半の人々」。文明病としての不幸が現代的な幸福論のテーマだ。

アランは読者についてラッセルほどあからさまには語っていない。むしろデカルトの情念論に依拠しながら、いつの時代も変わらない人間存在の本質を語る。しかし「悲観主義は気分のものであり、 楽観主義は意志のものである」「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福になるのだ」、こうしたアランの有名な警句は、やはり生活に窮していた中世フランスの農民のためのものではないだろう。生活に苦労がないときでも(もしくは、ないときだからこそ)不幸な感じにおそわれてしまう人を対象にしている。

ヒルティになると、この時代にはさすがのヨーロッパでも、中産階級のボリュームはそれほど大きくはなかったろう。しかしヒルティも、暇をもてあました揚げ句の神経病患者についてしばしば言及している。そしてやはり全体として言えば、物質的に満たされた後の次の段階の幸福について考えているのである。

19世紀ヨーロッパに始まる文明病としての不幸をいかに克服するか。この3人が共通して「(よい)仕事をしなさい」と警告しているのは面白い。生活に苦労しなくなると人はまず余暇を増やしたいと願う。しかしそこに最初の落とし穴があるというわけだ。

ヒルティの「二種類の幸福」

さて、私自身は、学生時代にアランとラッセルの幸福論を読み、アランはその後多分1回は読み返した。ヒルティは全三巻のボリュームに怖れをなして敬遠してきた。今回、三大幸福論を比較してみようと思い立ち、意を決してまずヒルティを通読した。ラッセルはほとんど記憶に残っていなかったので、飛ばしながらも一応最初から読み返し、アランはざっとページをおさらいしてみた。

個人的な好みで言うと、意外にも敬遠し続けてきたヒルティの「幸福論」が非常に面白かった。もちろん年齢の問題はあるだろう。本当は若い人が読むとよいと思うが、私自身、これを若い時に読んで面白いと思えたかどうかはあやしい。中高年のほうが受け止めやすいだろう。

ヒルティはキリスト教の教えと実践の中に真の幸福があると繰り返し語っている。キリスト教に関係のない人はしらけそうだが、読んでみるとそんなことはない。実際に書かれていることは、本当の幸福とは何かという問題についての広く深い洞察だ。聖書からの引用はあっても、非キリスト教徒がしらけるような神学的な議論はないから安心してよい。むしろ、キリスト教の正当な教義はほとんど無視しているように見えるくらいだ。たとえば「最後の審判」といった重要な教義でさえあっさり切り捨てているのだ。

ヒルティによれば、個人主義と快楽主義によっては人は決して幸福に至ることができない。かといって、禁欲主義や厭世主義、あるいは隠遁主義はその反動にすぎず、まやかしの賢明さである。結局、徳と一致する幸福を推奨しているのである。目指すところはアリストテレスの「エウダイモニア」や孔子の「仁」に近い。

現代の科学的な幸福論研究は、快楽主義的で要素還元論的な幸福概念こそが「正確な」幸福度だと考えがちだ。しかし、人生を静かに反省する中で見出される全体論的な幸福概念というものも存在する。それは決して不正確なイメージや思いこみではない。ではどうやってその幸福度を計測するかと言えば、素朴に「あなたは幸福ですか」と聞く従来のアンケート方式がいまのとこと一番勝っている。それはこのブログではこれまでも何回か強調してきたことだ。ヒルティの幸福論第三部冒頭の「二種類の幸福」は、現代の科学的研究にとっても大いに参考になるだろう。
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