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通勤時間短縮減税を

前フランス大統領ニコラ・サルコジが設立し、ノーベル経済学賞のジョセフ・スティグリッツとアマルティ・セン、およびジャンポール・フィトゥシの3人が主導した「経済実績と社会進歩の測定に関する委員会」(2009年報告)は、GDPに代わる新たな指標作成へ向けた世界的な取り組みとして注目された。

これを受けるような形で、OECD幸福度白書(how's life? MEASURING WELL-BEING)(2011年、翻訳2012年)という報告書が出ていることを最近知った。サルコジ委員会の報告書の骨格に沿いながら、現在入手可能なデータでの各国比較と今後のデータ整備のあるべき姿について書かれている。記述が具体的なのでわかりやすいし読みやすい。

日本の特徴

以下、その中でも日本の特徴が表れている部分を中心にした抜き書きである。

(1)「住居に関する満足度」は新興国レベルの低さ。ワースト8。ベスト3はベルギー、スペイン、アイルランド。
(2)「出生時平均余命」は首位なのに、「自己報告による健康状態」は低くワースト2。ベスト3はアメリカ、ニュージーランド、カナダ。
(3)「レジャーとパーソナルケアの時間」(フルタイム就業者の1日当たりの時間)はビリで最も短い。最も長いのはベルギー、デンマーク。
(4)「通勤時間」が長く、ワースト4。ベスト3はアイルランド、デンマーク、スウェーデン。
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(5)「社会的ネットワークによる支援」(必要なときに頼りにできる家族または友人がいる人の割委)はOECD平均よりやや低い。ベスト3はアイスランド、アイルランド、ニュージーランド。
(6)「他者への信頼」(ほとんど人は信頼できると答えた人の割合)はほぼOECD平均。ベスト3はデンマーク、フィンランド、中国。
(7)「公共機関に対する信頼」(高い信頼を寄せていると答えた人の割合)では、「司法制度および裁判所」に対する信頼は高いが、「中央政府」「メディア」に対する信頼は非常に低い。
(8)「殺人率(故意の殺人)」、「自己報告による犯罪被害(暴行または路上強盗)」は非常に低い(いずれも低いほうから数えて2番め)。一方、安全感(居住する町や地域を夜間1人で歩いていて安全だと感じられると回答した人の割合)はOECD加盟国平均程度。
(9)「生活満足度」はOECD加盟国平均よりかなり低い。GDPの高さのわりに生活満足度が低いのは東アジアの特徴でもある。日本と同様に韓国も平均スコアを0.5下回る。中国はワースト1の低さ。対照的にチリ、ブラジル、メキシコなど中南米諸国は経済の発展状況のわりには生活満足度が高い(中南米のパラドクス)。
(10)「優位な感情」(調査前日に否定的な感情よりも肯定的感情を多く経験したと回答した人の割合は高く、デンマーク、アイスランドに次いで3位。韓国、中国もこの質問に対しては平均より高い回答を示している。
(11)生活満足度でも肯定的感情の優位性でも女性の方が高い(アメリカ、フィンランドも同じ)。東欧、南欧、ラテンアメリカ諸国、ロシアは逆で生活満足度でも肯定的感情の優位性でも男性の方が高い。
(12)「生活満足度の分布と格差」(キャントリルの階梯の第9十分位と第1十分位のスコアの差)によれば、分布は均等なほうに属する。最も均等なオランダと、最も不均等なチリ、スロベニア、ポルトガル、ブラジルのスコアは大きく異なる。

儒教文化圏の特徴?

幸福度には客観的要素と主観的要素がある。(2)健康状態、(8)安全感、(10)生活満足度を見ると、日本は、客観的には悪くない(はず)なのに主観的な評価が低いという傾向があるようだ。

平均余命はトップなのに主観的な健康状態はワースト2だし、殺人や強盗など犯罪が世界トップクラスの低さなのに主観的な安全感は平均程度にとどまる。経済的な豊かさのわりには生活満足度が低い。

経済的な豊かさのわりに生活満足度が低いのは、東アジアに共通する特徴のようだ。ちなみに生活満足度や幸福度について世界を横並びで比較できる公式統計資料はいまのところ存在しない。OECD報告書の生活満足度は民間調査機関ギャラップの世論調査に基づいている。似たような民間の試みでロナルド・イングルハートの世界価値観調査がある。実はこちらで見ても同じような傾向が出る。

猪口孝の主導したアジアバロメータで見ても、東アジアは同様の傾向が出る。アジアの中では、南アジア人が所得は一番低いが幸福と答える回答は一番高い。東アジア人は所得は一番高いが南アジアンや東南アジア人より不幸せで、中くらいの所得水準と中くらいの幸福感の中央アジア人と同じくらいになる。猪口孝はこうした東アジア人の特徴の理由として、宗教心の低さ、急速な核家族化、グローバル化をあげている。儒教文化圏と急速な近代化が背景になっているのは間違いないと思う。

気になるソーシャルキャピタルの状況

ソーシャルキャピタル指数と言ってよい(5)「社会的ネットワークによる支援」(6)「他者への信頼」は、OECD平均程度ということだから、そんなに悪くはない。

OECD報告書はコラムで「社会とのつながりを左右する要因」を考察している。ソーシャル・キャピタルの提唱者ロバート・パットナムによれば、アメリカでは衰退傾向にある。その理由は、世代交代、テレビやゲーム、労働時間、都市のスプロール現象と通勤の4つである。

その後の研究では、オーストラリア、イギリスでは似たような衰退傾向がみられる。しかしスウェーデンでは1975~1995年にインフォーマルな交流が増加し、オランダでは1990年代に頼りになる人の割合が増加し、日本では1976~1996年の20年間に、ボランティア活動の割合が3倍になっているという。

日本のソーシャルキャピタルはよい方向に向かっているのだろうか。パットナムがあげた4つの理由は、まさに日本でも典型的に適用できそうだ。また、以前にこのブログでも紹介したように「他者への信頼」は時系列では低下する傾向にある。90年代以降の、いわゆる新自由主義的な政策が進んだり、高齢化や孤独死がクローズアップされたりといった状況を見ると、パットナムがあげた理由とは別の観点からも、ソーシャルキャピタル劣化の懸念がある。気になるところだ。

一方、(7)「裁判所は信じるが政府とマスコミは信じない」という結果は、江戸時代くらいから連綿と続く日本独特の庶民感覚のような気がする。

不幸な時間(通勤時間)を減らす政策を

ワークライフバランスに関係する(1)「住居に関する満足度」、(3)「レジャーとパーソナルケアの時間」、(4)「通勤時間」ではいずれも日本の数値は芳しくない。

特に注目したいのは「通勤時間」だ。「通勤時間」が主観的な幸福度にマイナスに働くことは複数の調査が示している。その理由の1つは、満員電車に代表されるように通勤時間自体が苦痛であるということがあるだろうが、それだけではない。いろいろなルートを通して、幸福度を減殺すると思われる。

たとえば通勤時間が長いことは結果的にプライベートな時間が短いこと、また、居住地と通勤地が離れているためコミュニティを形成しにくいことなどを意味する。ソーシャルキャピタル劣化の要因でもあるわけだ。

幸福度を高める政策の一つとして、平均通勤時間の短い会社は減税するなどの政策措置があってよいのではないかと思う。現在、「地方創生」の議論の中で、地方都市では通勤時間が短く自転車や徒歩の通勤もあり、ワークライフバランスの観点でよいという議論がある。そのとおりであると思うが、本末を転倒してはいけないだろう。通勤時間を短くするためのインセンティブ政策が大事で、場所は東京でも地方でもよい。地方移転した企業への減税よりも、通勤時間を短くした企業への優遇をすべきだ。

通勤時間短縮減税の優遇を受けるため、結果的に地方への移転を判断する企業も現れるだろう。相対的に地価の安い地方都市のほうが実現しやすいのは事実だろうから、そう判断した企業はそうすればよい。しかし、最初から地方へ人を移動させるという発想は、どうも人間本位の発想ではないと思う。マクロ的なバランスのために企業や人を動かそうとする政策は、どこかで国民に見透かされ、最終的には支持を得られないのではないだろうか。
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