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辛いときの思考パターン

自分はなぜつらいのか。物事はなぜうまくいかないのか。そんなとき、誰かのせいだとを責任をなすりつけたくなるものだ。どこかに悪いやつがいる。あるいは、甘い汁を吸っている。

第一次大戦後のドイツ人は、ヒットラーに乗せられて、ユダヤ人を悪者にした。当時のドイツは不況とインフレに苦しんでいた。ヒットラー自身が貧しい画学生だった。

イスラム過激派はアメリカをはじめ先進国を悪者にする。逆に、かつての小ブッシュ大統領は、いくつかの国を「悪の枢軸」と呼んだ。

私たちは身近な生活の場面で、つい悪者探しをしてしまう。「いじめ」というのも、一種の悪者探しであろう。誰かを、何かをスケープゴート(いけにえ)に仕立て、結束する。そのとき、結束が大きな力となり、現実を動かす。人々は、日頃のうっぷんをはらす。行き詰ったときの人間の一つの思考パターンだろうか。

いわゆる構造改革の議論も、下手をすると悪者探しになってしまう。1990年代、小泉さんの郵政民営化はなぜあれほどの支持を得たのか。格差や雇用の流動化が問題になる中で、郵政職員が安定身分のシンボルとして標的になってしまったのだろう。

日本アカデメイアという産官学で構成される団体が、先月、2030年の日本を見据えた長期ビジョンを発表した。正式なタイトルは「戦後70年  我々が次の世代に残すべき日本の姿〜2030年を見据えて〜」。

人口や財政の厳しい現実を見ない態度を「余剰幻想」と呼び、そこからの脱却を求めている。「2030年に向けて求められるのは、先ずは「余剰幻想」に寄りかかって過度の便益を享受している部門や領域の見直しを進めることである。」

抽象的な言い方だが、ここにも、まずは甘い汁を吸っているやつを退治しなければならないという思考パターンが見られる。

かつての池田内閣の所得倍増計画には、こういう思考パターンは全くなかった。日本人みんなで頑張って豊かになるのだということがシンプルかつナイーブに掲げられていたものだ。

時代が違うと言えばそれまでだ。しかし、これではなかなか国民的な一体感は生まれない。いっそのこと、みんなで一斉にガマンしようとよびかけたほうがまだスッキリすると思う。それで国民の反発をくらうとしたら、厳しい現実の説明が不足しているのである。
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