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アーリー・エイティーズの夢

昨年、安西水丸と赤瀬川原平が亡くなった。画家を原点とするこの二人は、1980年代という時代背景の中に置いてみると、意外に似たところがある。

安西は、「何でもない事の面白さ」を発見する名手で、その才能は80年代の「カタログ文化」の中で花開いた。「ポパイ」や「ホットドックプレス」といった男性ファッション誌、「ぴあ」のような情報誌のカタログ的な情報が、役立つだけでなく、面白い情報として受け止められる。そんな時代だった。

ストーリー性や意味から解放されるとき、人は何でもない事の面白さを発見する。軽さの中の深さに気付く。それは80年代に松任谷由実、 村上春樹がねらった表現世界に通じる。

安西は、松任谷由実の1982年のアルバム「パールピアス」のブックレット、そして翌83年、村上春樹の初の短編集「中国行きのスロウボート」のカバーのためにイラストを描いた。いま見ると、まさに時代の匂いがたちのぼる先品だ。村上は安西をソウルブラザーと呼んだ。

一方、赤瀬川原平は1960年代のカウンターカルチャーの中から出てきた人で、安西とは立ち位置が全く違う。初期の前衛芸術家の顔だけでなく、小説家、エッセイストなど活躍の場面も広い。

しかし、赤瀬川の80年代の代表的な活動「路上観察学会」(86年設立)は、やはり時代とのシンクロを感じさせる。まちなかのありふれた風景の中に、ちょっと変なものを発見して面白がる。70年代の「超芸術」活動が熟し、今和次郎の「考現学」の再発見につながり、「路上観察学」になったわけだ。

以前にもブログに書いたことがあるが、80年代の前半は、バブルに向う後半とは全く違うムードの時代だった。

何でもない事の面白さ、やさしい事の深さ、ディテイルに潜む本質、細部に宿る神。芸術から思想、文化、ライフスタイル、ファッションに至るまでに現れたこの志向性を、80年代初期様式、アーリーエイティーズとよびたい。

残念ながら、バブルの喧騒の中でアーリーエイティーズは儚く消えた。しかし、そこには今でも振り返るに値する何かがある。
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